日々の経験 · 日本語
誰もが同じ道を歩かなければならないわけではない
高校生活の中で、Cybersecurity、プロジェクト、競技、進学の間に自分の方向を見つけていった個人的な成長記録。

誰もが同じ道を歩かなければならないわけではない。
楽だから選ぶ道もあるのではなく、
その道が本当に自分をもう一度生き返らせてくれることもある。
誰もが同じ道を歩かなければならないわけではない
人生のある時期、周りのほとんどの人が同じことに向けて準備していた。
高二の後半になると、多くの人は高三、進学試験、そして一般的に「歩くべき」とされる未来について考え始めていた。
環境の空気はとても明確だった。もっと勉強し、もっと早く準備し、みんながよく知っている道に留まること。
でも自分は、その道を同じ歩き方では歩かなかった。
一緒に戦ってくれる先生に出会った
その時期、自分は一緒に戦ってくれる先生に出会った。
その先生は、教室で授業をするだけの人ではなかった。
自分が別の方向を探していることに気づいてくれた人だった。
そして自分を元の道へ引き戻すのではなく、隣に立つことを選んでくれた。
今でも、自分を変えた一つの瞬間を覚えている。
当時、Cybersecurity の研習に参加する機会があった。
多くの人にとっては普通の活動だったかもしれない。
でも自分にとっては、突然一つの扉が開いたように感じた。
自分はほとんど本能的に、その扉へ向かって走っていった。
その瞬間、全力で追いかける価値のあるものをようやく見つけた気がした。
当時の自分は、すでに走り出した猟犬のようだった。
Cybersecurity に関係するものなら、研習でも、訓練でも、競技でも、迷わず飛び込んでいった。
簡単だから追いかけたのではない。
初めて、自分の中の何かが本当に生き返ったように感じたからだ。
おそらくその頃、その先生は自分に今でも忘れられない言葉を言った。
もし本当にこれが自分の道だと信じているなら、途中でやめるな。
この言葉はずっと心に残っている。
その時から、これは単なる好奇心ではなくなった。
一つの選択になった。
みんなが同じ方向へ進むとき
高三になると、自分の道は周りの多くの人の道とさらに違っていった。
多くの人は教科書、模試、進学資料に向き合い始めた。
一方で、自分の夜は少し違っていた。
学校の一日が終わった夜が何度もあった。
他の人は試験の準備に戻り、自分はまだ画面の前に座っていた。
Web サイトを一行ずつ書いた。
レイアウトを直し、考えを試し、内容を書き直した。
記事、プロジェクト、頭の中のぼんやりした考えを、見える形の作品へ少しずつ整理するために夜更かしすることもあった。
部屋は静かだった。
目の前で一番明るいものは画面だった。
時間はどんどん過ぎて、本来寝るべき時間を大きく超えていた。
コードを書いていることもあった。
文章を書いていることもあった。
同じ問題で何時間も止まることもあった。
それでも疲れていても、自分は本当に自分のものだと思えることをしているのだと分かっていた。
この道は決して近道ではなかった
この道は決して近道ではなかった。
規律が必要だった。
執着も必要だった。
誰も結果を保証してくれない中で、それでも前に進み続ける力も必要だった。
周りの全員が同じ方向へ進むとき、別の道を選ぶということは、より多くの疑い、より多くの圧力、より多くの責任を自分で背負うということだ。
それでも自分は歩き続けた。
一時的な衝動ではないと分かっていたからだ。
これは自分が本当に歩きたい道だった。
努力は最後に証明になった
高三の後半、一つのことが現実になった。
自分には、進める大学があると分かった。
その感覚を今でも覚えている。
一瞬で爆発するような喜びではなかった。
長いあいだ息を止めていた人が、ようやくしっかり呼吸できたような感覚に近かった。
ほっとした感覚だった。
でもそれ以上に、それは一つの証明でもあった。
この道を歩いたことは無駄ではなかったという証明。
夜更かしの日々、必死に追いかけた研習、参加した競技、努力して完成させようとしたプロジェクトが、確かに自分をどこか現実の場所へ連れてきたという証明。
そして、自分の道が標準答案のように見えなくても、前へ進み続けられる道なのだという証明でもあった。
勉強が重要ではないと言いたいわけではない
この話は、勉強が重要ではないと言っているわけではない。
本を読まなくていい、試験の準備をしなくていい、と誰かに言いたいわけでもない。
本当に言いたいことは、とても簡単だ。
勉強だけが唯一の道ではない。
人によっては、他にも歩く価値のある道がある。
その道は、プロジェクト、競技、技術実作、研究、継続、そして他人と方向が違っても前へ進み続ける勇気によって、少しずつ作られるものかもしれない。
自分の道を誰もが真似すべきだとは思わない。
でも、誰もが同じ道を歩かなければならないわけではないと信じている。
大切なのは、その道が標準的に見えるかどうかではない。
その道のために本当に戦う覚悟があるかどうかだ。
自分にとって、これが選んだ道だった。